【1640日の家族】レビュー

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■1640日の家族
監督:ファビアン・ゴルジュアール
出演:メラニー・ティエリー、リエ・サレム
2021年製作/102分/フランス
配給:ロングライド


【私もアンナのようになってしまう、必ず】


長女を産んだ時、新生児があまりに小さくてビックリしました。そりゃあ自分のお腹の中に入るサイズなんだから小さいに決まっています。


でも自分から出てきたとはいえ生まれたての赤ん坊を抱くのは初めてですから、濡れてフニャフニャな身体と小さな小さな爪がちょこんと乗った指を見て何と表現したら良いのか分からない大きな感情が湧き出てきたのを覚えています。


そんな娘との出会いから8年。
次女も生まれて、私はすっかり母親になったわけですが「1640日の家族」は予告を観た時に


ああ、この映画を観たら絶対に泣いてしまう
泣きすぎる可能性すらあるな、、

と心配になった作品でした。


なぜなら赤ん坊の頃から大事に育ててきた里子の息子と、育ての母親が離れ離れになる物語だからです。


◆ストーリー

生後18か月のシモンを里子として受け入れたアンナと夫ドリス。夫婦の子供たちとシモンは兄弟のように育ち、4年半の幸せな月日が流れる。

ところがある日、シモンの実父エディが息子を手元で育てたいと申し出たこと
から、彼らが家族で居られる時間にタイムリミットが訪れる。




アンナとドリス夫婦と2人の息子、それから里子のシモン。この家族はあまりにも完璧です。

長男の傍若無人っぷりと、そんなお兄ちゃんに対抗するために小さな次男とシモンが結託する姿は微笑ましく、
ふとした瞬間に飛び出すシモンへの不満を含めて暖かな家庭として描かれます。

彼らは長期休暇になると従兄弟達と旅行に行き、旅先は毎日がパーティの様ににぎやかで
大人たちは思う存分子どもたちと遊んでくれる。


この理想的な家族の中にシモンもすっかり馴染んでいます。

そんな夢のような家族の前に突然立ちはだかるのが「里親制度」なのですが、本来なら家庭に問題を抱えて
いる子どもを助け、実際にシモンを助けた制度なのに

シモンとアンナ、この家族があまりに幸せそうで、私にはまるで「里親制度」がシモンとアンナを引き裂こうとする敵である様に感じてしまいました。


そう感じている時点で、私の目線はすっかり母親であるアンナに同化しています。


シモンに対する力強い愛情ゆえにアンナは理性と感情のバランスが崩し、感情だけが行動として表れてきます。


確かに社会福祉や制度、ルールの中ではアンナの取った行動は許されるものではないのかも知れません。


でも当事者であるシモンにとっては、アンナのこの真っすぐな愛情がこれからを生きるための糧になる。私にはそう思えるのです。


シモンとアンナの間にある絆に、やっぱり泣いてしまう作品でした。


そうそう、ストーリー上母親であるアンナに注目してしまいますが、リエ・サレム演じる父親もとっても素敵なキャラクターなんですよ。


お茶目で器用で優しく、威厳もある。父と息子たちのエピソードにもニヤリとしてしまいました。



☆以下内容に触れるのでご注意を☆




ここまでも書いてきましたが、私はどうしても母親であるアンナの目線になってしまいます。


「心の中ならママって呼んでいい?」
「ママと一緒に居たい、、、」
「ママ大好き」


シモンのつぶやきに胸が締め付けられ、アンナが猫のようにシモンを連れ去ろうとする行政の”手”に毛を逆立たて敏感になっていく姿にも共感できます。


私もきっとアンナの様になってしまう。


それが少し怖いと思いつつも、この状況になったら到底理性的に対処できるとは思えないのです。


だって別れの日があまりに突然現れるんだもの。
行政担当者の対応が事務的なんだもの。
実父が頼りなさそうなんだもの。


そうやってシモンを自分の腕の中に隠そうとするアンナは私です。


そもそも国が整えた「制度」は国民一人一人の事情に合わせて緩やかに対応できる様に設計された物ではないし、より多くの人を救うためには事務的な対応で効率化を目指す必要もあるのかもしれません。


それに例え法律上は父親だとしても、隣に息子が居て初めて人は父親になっていくのだから、最初から理想の父親像を押し付ける訳には行かないのです。


分かってはいる。でも一旦渦中に巻き込まれたら、どこまで冷静に居られるか自信が無くなってしまいます。


だからこの映画のキャッチコピーのように”大切なのは愛し過ぎないこと”なのでしょうか?


愛しすぎてはいけない?


いや、そんなことはない。絶対にない、私はそう思うのです。だっていつかは別れの日が来るのだからと、その時の為に愛情にブレーキをかけ適度な距離感を保つ。


そんな関係性の中に子どもが育っていくための居場所なんてできっこありません。


もしあの日、圧倒的な美しさを称えたあの雪山でアンナが電話に出ていたら、シモンとはもっと穏やかな別れがあったのかもしれない。


「ママ―!!」と縋り付くシモンと無理やり引き離される、あんな辛い別れにはならなかったのかもしれない。


でも必死に腕を掴み「大丈夫、大丈夫だから」とシモンに伝えたアンナの瞳や手の力強さはきっとシモンにも伝わったはずだと思うのです。

あの出来事をシモンがどう記憶し、成長と共にどう理解していくのかはわかりません。


それでもラスト、アンナ一家の視線の先で実父と歩くシモンはきっと大丈夫だと思えるのです。


4年半をアンナ家族と共に過ごした数々の思い出、彼らから受け取った確かな愛情はこれからもシモンの人生を照らし続けるに違いない、私はラストにそんな希望を感じました。

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