【ベイビー・ブローカー】レビュー

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■「ベイビー・ブローカー」
監督:是枝裕和
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン
2022年製作/130分/韓国
配給ギャガ


【巨大なネットワークの一部であることに対する信頼感】


赤ちゃんポスト
人身売買
刑事

ストーリーを構成する単語から、もっと社会的な鋭い肌触りの作品かと思っていましたが、
私が想像していたよりもずっとずっと、柔らかな映画でした。

その柔らかさを作り出しているのは、人間の持つ「矛盾」を見つめる監督の穏やかな眼差しではないかと感じます。



ストーリー:
古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、〈赤ちゃんポスト〉がある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)。

ある土砂降りの雨の晩、彼らは若い女ソヨン(イ・ジウン)が〈赤ちゃんポスト〉に預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。

彼らの裏稼業は、ベイビー・ブローカーだ。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、赤ん坊が居ないことに気づき警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく白状する。

「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という言い訳にあきれるソヨンだが、成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。

一方、彼らを検挙するためずっと尾行していた刑事スジン(ぺ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は、是が非でも現行犯で逮捕しようと、静かに後を追っていくが…。



「ベイビー・ブローカー」に登場する人物たちは自分の肩書との矛盾を抱えています。

赤ん坊ウソンを赤ちゃんポストに預けた若い女
ウソンを売ろうとしているブローカー
ブローカーを追う刑事

それぞれが与えられた役割を全うするなら、この旅路はあっという間に終わったはずです。

でも、彼らは旅路が伸びる程に矛盾と葛藤を抱えていく。


そして赤ん坊ウソンへの想いによってそれぞれの役割が溶け、互いの境界線が曖昧になることによって緩やかな共同体を形成していく過程はとても面白いです。


「お前なんか自分なんか生まれなければ良かったという内外の声に立ち向かって強く生きようとしている

あの子供たちに向けて、自分はどんな映画を提示する事が出来るだろう。

作品作りの中心にあったのは常にこの問いだった。」


これは作品の公式HPに載せられている是枝監督の言葉ですが、監督は「ベイビー・ブローカー」が公開されたら、この映画を作り上げる過程で話を聞いた子どもたちもきっとこの映画を観るだろうと考えていたと思うのです。


だからこの映画には優しさがあるし、日々の孤独にすり減った心を癒したいという願いが込められていると思うし、鋭さや批判や糾弾ではなく矛盾や葛藤に対する許容が描かれていたのではないかと感じました。


したがってこの映画をお薦めしたいのは


人間は”個”として生きているので日々の孤独はどうにも出来ないと分かっているのだけれど、でも、それでも日々の孤独に少し疲れたな、、、と感じている人


それから家族の在り方をもう一度考えてみたい人、今後新しい家族を作っていく人にもピッタリだと思います。是枝監督の描く”疑似家族”はやっぱり面白いですから。


もちろん第75回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を獲ったソン・ガンホさんの演技も素敵です。


そもそも”自称”善意の人サンヒョンが興味深い人物なんですよね。彼は一体何なのだろう?と考えるのも楽しいです。



そうは言っても、根底に流れるのは人身売買ですから決して生易しい映画ではありません。


なぜこの小さな生命はこの世に誕生することになったのか、どうやってこの先の人生を歩んでいくべきなのか。

今生きているわたし達が必ず抱えているこの難問と地続きに存在する「ベイビー・ブローカー」を
ぜひお楽しみください。


☆以下内容に触れるのでご注意を☆






私はこの物語の中心にいるのは売られゆく運命の赤ん坊ウソンだと感じました。


彼は自分の運命が分かっていません。自分で選択する事も、拒否する事も出来ず、自分の意思を持つ前に、近くにいる大人たちによって選ばれた道に置かれてしまう。


でも言葉を持たないウソンが、ただそこに存在するだけで周りの大人たちを変化させ、それによってウソン自身の運命も変わっていきます。

この人間関係がとても興味深いと思いました。


何度も何度もウソンとの別れのタイミングは訪れるのに、どこまでもこの疑似家族はウソンの手を離しません。

結局最後まで母親との細いつながりは絶えることなく、むしろこの疑似家族をつなぐ”かすがい”としてウソンは存在し続けています。


ここに人生の不確かさと儚さを感じずにはいられませんでした。



どの選択肢がウソンにとって良いものかは誰にも分からない。もしかしたら赤ちゃんポストが設置された施設で育つべきだったのかもしれないし、

一番高値でウソンを買う人の元で育った方が良かったのかもしれません。

ペドゥナ演じる刑事スジンの元で育っていくのが良いのかもしれないし、ソヨンとドンスが一緒になってウソンを育てる事ができたら良いのかもしれません。


何が”良い”のか。



そもそもウソンにとって”良い”とは何か。


意志を持たない小さな生命を目の前にした時、私たちは考えだしたらキリがないこの難題に立ち向かうしかないのです。

例えば楽しく生きて欲しい、健康で居て欲しい、美味しくご飯を食べて欲しい、良く眠れる毎日であって欲しい、つまり、、、、幸せでいて欲しい。


きっと私たちが新しい生命に対して出来るのは、そんな願いに基づいて選択し、その願いに触れる事が出来る環境を整えることだけです。


そうすればウソンも、どのような形にせよこの世に産まれ出てくる小さな生命たちも巨大な「人間のネットワーク」の中に留まり続けることが出来るように思えます。


暗闇の中、ベットに横たわって目を閉じソヨンの「生まれてくれてありがとう」の言葉を聞くシーンはロマンチックでした。


私たち人間は、そしてもちろん私も、誰かに望まれて産まれてきたのだと無条件に信じたい存在なのだ。

あの場面は普段はすっかり忘れているけれど自分の根底に流れている、確かな願望を思い出させるものでした。


あのシーンを観た時、ウソンが自分の人生に迷った時、悩んだ時、孤独に震えている時、この夜の出来事を教えてあげる事ができたらどんなに良いだろうと、私は思ったのです。


でもそれが可能なのかは誰にも分からない。


分かるのは、あの瞬間あの場所の中心にウソンがいて、共に旅をした人がいたから「生まれてくれてありがとう」の言葉が紡がれたこと。

そして、あの言葉でそれぞれが胸に宿した想いがあったこと、救われた想いがあったこと、ただそれだけなのです。


もしかしたらあれは刹那的な儚い瞬間だったのかもしれません。それでもあの時抱いたそれぞれの感情は、全く別の場面で全く別の感情で誰かに伝わっていく。


それを信じることがこの大きな「人間ネットワーク」の一部として生きる事ではないかと思うのです。



誰かの想いを受け取り、その想いが誰かに伝わっていく。



このシンプルな営みに対する是枝監督の信頼感を感じる、私にとってはそんな作品でした。

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