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最近は少し溫和しくなっていますが
何を食べるとからだに良いとか
何が惡いとか
樣々な情報が溢れていて
しかも
人によってその良し惡しが違う爲に
本當の処がサッパリ見えてこず
結局今まで通りの食事を續ける
なんてことにもなってしまいます
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ですので
そういった情報に振り廻されることが無くなるよう
人の食の基本についてお話しします
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歷史的
食性
食とは?
「食べ物」と食べられる物の違い
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今は人が地球上を席巻しているように見えますが
それは文明の利器を開發し得たことによる
ということには異論は無かろうかと思います
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それを剥がした生軆のからだを觀てみれば
力も弱ければ爪も牙も無い
毛も無く表皮も薄く
とてもひ弱な生き物です
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大型の肉食獣に狙われればイチコロですね
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採れる物にしても
素手で採れる物か落ちている物
他の動物が狩った後の屍肉
などくらいでしょう
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ということは私たちの食の基本は其處にしか無い筈です
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火も道具も使わずに食べられる物こそが人の本來の「食べ物」
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道具を使うことで樣々な物が採れるようになり
火を使うことで今まで食べられなかった物が食べられるようになった安心感が
人口を增やすことに寄與したのだと考えられます
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ですが
それらは本來の意味での「食べ物」ではありません
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違う視點から視てみます
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植物は自ら動かないことを選択したので
子孫を增やしていく方法のひとつとして
動物に種を運んでもらうという作戰を編み出します
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無賃で「運んでください」と言っても無理ですので
交換条件としてお駄賃を
若しくは釣り餌を準備します
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それが果肉です
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それ以外の部分
葉や茎、根などもも
私たちは「同じ植物だから」と食べてしまいますが
植物からしてみればこれらは提供しているワケではありませんし
自らのいのちに關わることです
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だから食べてもらいたく無いから毒をまぶしています
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日本に元々あった野菜は独活や三つ葉、芹だったかな?
それくらいで後の全ては輸入物です
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茶にしてもキャベツにしても
それら凡ての輸入野菜は當初
藥として輸入されています
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ですので
大きな藥草圖鑑を覧ればほぼ全ての野菜が掲載されています
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毒にも藥にもならないと言いますが
毒だから藥になるのです
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そして
最も食べてもらいたく無いのは“種”ですね
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種は運んでもらわなければならないのですから
動物の胃腸で「種」を消化することは出來ないということが判ります
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また少し話が變わります
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私たちは腦の數%しか使っておらず
フル稼働させると原發一基分のエネルギーが必要で
この消化器官ではそれを賄うことは不可能と言われます
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しかも
消化吸収にはエネルギーが必要となるので
基本として動物は食べた後
活動を控え
消化吸収を妨げないようにします
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しかし
エネルギー補給の行爲がエネルギーを消費するって
この精密なからだにしては理屈の合わないおかしな話です
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實の處
活動のエネルギーを補給する方法は休息にあって
食はいのちをつなぐ爲のバトンリレーの樣な側面の方が大きいと考えています
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若い元气のある内に食べてもらうことでエネルギーを提供し
それが叶わなかった者が
新しいエネルギーを供給する爲に子供を作る
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それが本來のいのちの在り方では無いだろうか
と考えています
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いのちの生まれ故郷である海は
電解質でいのちのエネルギーに溢れ
そこに在るだけである程度の補給が可能
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サンマなど胃袋の無い魚があるのは
口から肛門という粘膜にいのちを通すだけで
充分補充が可能だから消化する必要が無い
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種というのも同じで
エネルギーの塊ですから
本來は通るだけで充分な筈なんです
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果物を分解する酵素が出ないから果物は食性に適っていない
という説がありますが
これは逆で
果物はそれ自體が分解酵素を持っていて
加工せずに摂れば勝手に分解してくれるから
わざわざこちらが分解酵素を出す必要が無いのです
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それだけからだの負担が少ないということです
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これは肉も同じ
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つまり
ただでさえ消化吸収はエネルギーを消費するのに
さらに食性を間違えば負担は增大するということ
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さあここまでが前段です
□
種からエネルギーを受け取ることは可能ですが
「種は動物の胃腸で消化出來ない」
という本質はどう加工しようが調理しようが變わることはありません
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そして糖は蛋白質と仲が良いので
細かくしたり柔らかくするほどに
種の中の糖が腸壁など全軆の筋肉や血管などと結びつきやすくなります
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それらは便としてだけでなく漆喰のように筋肉に癒着して排泄されにくくなっていきます
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糖が筋肉や血管の働きを阻害する大きな原因となり
現代人のほとんどの不調はこれが原因です
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加工すればするほどからだに負担になるのは
油でも同じことです
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オメガ6とか9とか言いますが
そういう問題では無く
植物の種から抽出した油は
人の胃腸では處理のしようが無く
しかも加熱したら一層からだにとっては負担になる
それだけのことです
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小麦にしても米にしても精製して粉にしたら
糊を飲み込んでるのと同じで
からだの中に蓄積するのは間違い在りません
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その蓄積を免れる方法が
鹽を一緒に摂取することで
パンなどの形成に鹽を入れる事は理に適っていますし
ご飯と味噌汁や漬け物、鹽っぱい鮭などのおかずと食べるのも
理に適っているのですね
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それも
玄米や全粒粉の方がより良いのは言うまでも無く
しかしながら
玄米や全粒粉は消化に惡いと言って避ける方があります
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どのみち消化は出來ないのに違いは無く
殻のままで摂れる分量の方がそのからだに對しての正しい限度で
精製した方が“より多く食べられる"というのは
からだの限度を超えて摂取しているだけのこと
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からだは食べるもので造られるという言葉がありますが
私たちは本來の「食べ物」を摂る機會が壓倒的に足りず
食べられる物ばかりを摂っているから
必要な物が不足し
不必要な物が過剩になっていることで
不調になっています
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必要が不足しているから見ると食べたくなってつい手が出てしまう
慢性必要飢餓状態なのです
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必要が滿たされれば滿腹感は持續し
飢餓から抜け出せ
生き物として至極當たり前の普通に健康に生きることが可能になります
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最後までお付き合いいただき
ありがとうございます
□
以下の有料部は
單なるご挨拶だけとなっています
□
もし良いなと思っていただけましたら
お气持ち頂戴いただけたら嬉しいなと
ライブなどの投げ錢みたいなものと
お气輕にお考えください
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