このコンテンツには閲覧パスワードが必要です。
苦しみから逃れようとする時、人は「自分」と「苦しみ」を切り離して考えます。しかし、この「分ける」という「分別」こそが「苦しみ」の正体です。聖と俗、迷いと悟りを「二分する」心の働きを止めること(無分別)が、救いへの唯一の道です。感情や思考は、海に立つ波のようなものです。波を掴もうとしたり、力ずくで消そうとしたりする必要はありません。海はただ海としてあり、現れては消える現象に一喜一憂せず、「分別」以前の心の静寂(無分別)に立ち戻ることが肝要です。あなたは、悲しみや失敗を「自分自身」だと思い込み、自らに鎖をかけています。しかし、感情や評価、若さなどはすべて移ろう一時的な影に過ぎません。砂の上に楼閣を建てるような虚しい「執着」が、あなたを苦しめ続けています。心に浮かぶ感情に「良い」「悪い」のラベルを貼るのを止める。不安や怒りが湧いても、それを消そうと焦らず、ただ「そのままに見つめる」こと(無為自然)が大切です。しがみつかなければ、心の雲は自然と流れ去り、本来の空が現れます。人間は本来、何一つ持たず、何一つ欠けていない「無一物」の存在です。そこに何かを付け足そう、何者かになろうとするから苦しくなります。花がただ咲き、雲がただ流れる様に、余計な意図を持たずに「存在する」こと「無為自然」「吾唯知足」です。
