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何かを求めるという行為は、逆説的に「自分にはそれがない」と自ら宣言し、「不足」を決定づける行為です。安らぎや悟りを外側に探し求める限り、心は常に「今、ここ」の自分を不完全なものとして否定し続けます。あなたは既に広大な真理の中にありながら、それを遠くにあるものと思い込んで探し回っています。これは海の中にいる魚が水を探して泳ぎ回る様なものであり、近過ぎるが故に見失い、求める心自体が視界を曇らせる原因となっています。求める心は一度何かを得ても決して満足しません。名声や富を得ればさらに多くを望み、あるいは失う事を恐れる様になります。この心の仕組みが、私たちを終わりのない渇きと、終わりのない焦燥感の中に追いやり続けます。「求める」衝動の根底には、深い「恐れ」が潜んでいます。このままでは価値がない、誰にも認められないという恐怖が、自分をより立派により悟りに近づけようと駆り立てます。しかし、その声に従うほど本来の静寂からは遠ざかります。人は苦しみの原因を環境や人間関係などの外側に求め、それを変えれば救われると信じています。しかし、外側に答えはありません。多くの人は、苦しみの原因を、環境や人間関係などの外側に求め、それを変えれば「救われる」と信じています。しかし、「心外に法なし」と言われる通り、外側の状況がどう変わろうとも、「求める心」が消えない限り、苦しみの根源は断たれません。
