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私たちの世界は、「コップ」「ボールペン」といった名称や経験に基づく印象、過去の記憶、信じている事など、全て「ラベル」によって構築されています。これら全てのラベルが個人の「認識」そのものであり、認識こそが自分だけの世界(マイワールド)を形成。「このクッキーは美味しい」と感じるのも、他者とは異なる自分だけの認識を通した結果であり、「認識」が変われば世界も変わる。新しい認識(新しいラベル)を得ると、これまで存在しなかった概念が世界に出現します。未知のアートを見て「何だろう」と思う段階では認識されていませんが、作者から名前や意味を教わると、その瞬間から自分の世界にその物体が確実なものとして存在します。このプロセスで「知っている私」と「対象」という分離が生まれ、ラベルを貼り続ける事で世界が無限に区分されて行きます。もし記憶喪失などでこれまでのラベルが全て剥がれたらどうなるか。学習してきたデータが消え、反応するエゴも機能しなくなる。これは「自分」という概念すらリセットされた状態。逆に言えば、私たちが普段感じている「嫌だ」「悲しい」といった反応は学習してきたエゴによる反応に過ぎません。ラベルというフィルターが外れた時、初めて「真実」の姿が見えて来ます。「不足を消したい」、「もっとこうなりたい」という願いは、学習されたエゴの反応です。エゴの領域に留まったままでは「不足」は決して消えません。必要なのは、そのエゴを包括する大きな視点(ワールド)に意識を戻す事です。エゴが「無理だ」「思えない」と判断して思考で解決しようとするのは、自転車の乗り方を頭で理解しようとして乗れない状態に似ています。自転車に乗るには、理論ではなく実際にまたがってバランスを感じる必要があります。潜在意識や現実の仕組みも同じで、頭で理解してから信じるのではなく、先に「既に全て在る」と採用する事が重要です。「不足」は、現実ではなく、単なる幻影やバグに過ぎません。先ずは、「在る」という視点に立ち乗ってみる(採用してみる)ことが、現実を変える為の唯一の方法です。現実に振り回される時は、現実という枠組み自体を「仮想的なもの」と捉え、リアリティを薄くする事が有効です。パソコンの画面が裏側の膨大なプログラム(1と0のデータ)によって成り立っている様に、目に見える世界も深い層では「無限の可能性」と「充足」が既に存在しています。
