このコンテンツには閲覧パスワードが必要です。
私達はあらゆる社会的意味を練り込んで作り上げた「思い込み」の自己像(自我)を自分だと思って頑張って生きています。実は、その自己像は、「妄想」(自我)仮想現実です。「本当の自分」は、もともと完全に欠ける事無く備わっている 「完璧な存在」=全体(創造主)です。「思考」(自我)は、「自分ではない」ことに気付く必要があります。「自分」は見た目や社会的な意味を背負っている架空の存在ではなく、「いまここ」に在るその感覚=「場」そのものです。そのシンプルさ 「いまここ」の「場」で居れば、自己像の価値の一進一退は無くなり、自らの言動インスピレーションを許す様になります。妙な期待や重さから離れ自らに自由を許す様になる。偽の自己像(自我)から自由になり、「本当の自分」(真我=無分別智)に出会います。「自分と言う個は存在しません」「諸法無我」です。従って「自分を上手くやる義務を負った自分は居ません」。これが解るだけであなたは救われます。何故なら、自分が上手くやる義務(頑張る!must, should)が、自分の感じる「不幸」の全ての「正体」だからです。自分には「二種類の自分」が居ます。意味から自由な「意識の主体」としての自分(真我)と、意味付けを信じ込んで振り回される「自我」の自分です。後者の自我の「自分(エゴ)」は仮想現実(アバター)です。「自分は上手くやる義務は無い」と分かるだけであなたは格段に楽に生きる事ができます。自分が映している幻想の中で自分の凄さを証明する必要はないからです。所詮、あなたの自作自演の「一人相撲」です。
