「既に在る」無分別智(知足)

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私たちの眼前には、本来「実像」と呼ばれる完璧な世界が常に広がっています。しかし、私たちは「エゴ」という名の歪んだメガネをかけて世界を覗いている為、その完璧さに気付けません。エゴは、本来一つである全体から自分を切り離し、不足や恐れを原動力としています。このエゴの認識を「現実」として採用し続けている限り、あなたは「未だ無い」「足りない」という幻想を見続けます。先ずは、今見ている「不足」の現実が、「エゴ」というフィルターによって歪められた「影」に過ぎない事を理解することが不可欠。エゴは「私とあなたは違う」という「分離」の意識を植え付け、所有権という概念を持ち出します。しかし、物事自体には本来「持っている・いない」という属性は存在しない。それらはすべてエゴが、後から付け加えた概念に過ぎない。「手に入れていないから不幸だ」という判断もエゴの解釈であり、その解釈自体が「不足している世界」を維持継続させています。エゴは、常に「いまここ」ではないどこかに価値を置かせようとする。実像(真実)の世界には、分離も不足も存在せず、ただ一つの完璧な「全体性」が横たわっているだけです。処が、あなたは、エゴの脳内放送を「現実」だと思い込み、悪夢にうなされている状態です。耳元で「まだ足りない」「もっと頑張らなければ」と囁く「エゴの声」は、ただのラジオ放送のようなものです。あなたはその放送にリアクションする「リアクションマシン」になっていますが、その放送内容を採用する必要はありません。「エゴメガネ」を外し、脳内放送から意識を逸らすことで、私たちは元々いたはずの「既にある」世界、すなわち「知足」(足るを知る)世界=「本来の視点」(真我)へと立ち返ることができます。


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