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砂時計理論の本質と意図は、エゴの「不足」に基づいた認識を反転することにあります。あなたは常に「充足」の中にいて、そこから一歩も外に出た事はありません。「既にある」とは、何かが後からやってくる事ではなく、今この瞬間にゴールに立っているという「気づき」です。エゴの領域から離れ、結果の中に最初から存在している事を認めることが、この認識の変更の第一歩です。エゴは、常に「今ここ」ではないどこかへ向かおうとし、何かになろうと足掻きます。エゴにとって「何もしない」とは、それ自体が一つの「行動」になってしまいがちです。「何もしない事をしよう」と意図した時点で、それは充足から遠ざかるエゴの動き(do)となります。「何もしない」とは、エゴのわちゃわちゃした動き(do)が、実現とは一切無関係であると見抜き、そのコントロールを放棄する事を指します。この世界は自分の定義したものを体験する仕組みになっています。「無い」というフィルターを外せば、望むものは、既に物理的に目の前に存在しています。これは、頭の中にあるから具現化されるのではなく、「既に叶っている」からこそ「思考」として現れたという「逆転の発想」に基づいています。「認識が先、現実は後」です。眼前の現実を先に変えようとするのではなく、「認識を先に変更する」ことで、自然と体感が訪れます。エゴが納得する証拠を探すのではなく、先ずは「既にある」(be) という前提に立ち、「認識の土台」(OS)を入れ替えることが、この「砂時計メソッド」の本質的なアプローチです。
