大富豪の習慣(他力本願)

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「他力本願」の真意。一般的に「他人任せ」と誤解されがちな「他力」とは、本来「自分を生かしている大きな命の働き」の事。心臓の鼓動、消化、傷の修復など、本人の意志や努力とは無関係に、天地の力が自分を生かしています。この事実に気付く事が「他力」の本質。人生を自分でコントロールしようとする思い上がりを捨て、海の流れに身を任せる小舟のように生きよ。有名な「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」という「悪人正機説」の真意は、善人=「自分は正しい、努力している」というプライドの鎧を着ている為、救いの光が届きにくい人。悪人=自分の弱さや愚かさを自覚し「自分には無理だ」と絶望している人。自分の無力さを認め自力の殻が割れた時に初めて大いなる慈悲(光)が差し込むと親鸞は説いています。南無阿弥陀仏とはサレンダーの事です。「私は無力です。全てをお任せします」という降参(バンザイ)のサインです。自分の計らいを捨てて大きな流れに身を投じる事で肩の力が抜け、世界が優しく見えます。「あるがまま」を受け入れる生き方です。努力して何かを成し遂げようとするのではなく、風に吹かれて咲く花のように、起きる事をそのまま受け入れる姿勢です。災難や病気、死さえも、自分の良し悪しの判断を挟まずに受け入れる事が、本当の意味で「生きること」であると説いています。結論:「立派な人間になろう」とする努力をやめ、ダメな自分を認めて、「大きな命の働き」に委ねることで、「本当の幸せ」に辿り着けると仏法は説いています。


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