鎧を脱ぐ

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般若心経の出だしの言葉「観自在菩薩」の「観自在」とは固定観念に囚われない観方をする事。決まった角度からではなくあらゆる面から自在に物事を観じる事。私たちは性別、職業、立場などの枠によって心を規制され知らない内に多くの事に囚われています。社会に出ていつの間にか身についてしまった処世術や価値観で自分を固め、それに囚われて生きています。そして歳を重ねるにつれ、思い込み、固定観念というヨロイ(鎧)が心の周りを覆い、放っておくとどんどん分厚くなって行きます。こんなヨロイ(鎧)を着ていては自由自在に動く事は出来ません。傍から見れば損に見える事でもそれをやっている人は、損得以上の大事なモノを得たり人生の奥行(器)を広げていたりします。

一見無駄で損に見える事が実は、人生を豊かにしたりします。ヨロイが分厚くなっている人ほど伸び伸びした豊かな人生から遠ざかってしまいます。(執着、足し算) 般若心経は「そんなもの脱いでしまえ!」と言っています。不生不滅・不垢不浄・不増不減・・・・「思い込み」という固定観念のヨロイを脱いでしまえば(玉葱の皮を剝く=引き算)すうっと背中が楽になり心が軽くなります。するとそれまでと視座が変わりあるがままに世界が観えて来ます。(メタ認知) 世の中には厭うべきものなどは何も無く、そのままで世の中は素晴らしいことに気付くことができます。名取芳彦著「こころが軽くなる般若心経」より編集

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