いまここ(永遠のいま)

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禅では、「いまこの一瞬を生き切る」ことの大切さを説きます。この一瞬に全力で尽くしていれば、後ろには必ず道ができます。過去や未来に気を取られ悩むのではなく、「いま」という瞬間に全力で成り切る。そんな瞬間を、たくさん積み上げて行けば、良い結果に結びつかないはずがありません。「現在」起きた事は、どんどん「過去」になり、遠ざかって行きます。(川の流れのように)この感覚は一度理解できると意外なほど腑に落ちます。「過去・現在・未来」は、いつもあなたの視点によって、創り出された世界です。「現実」と私たちが感じているものは、実際には、いつもそれぞれ一人ひとりの頭の中に存在している宇宙です。私たちは、誰もが自分のフィルター(RAS)を通して「現実」と感じるものを見て脳で認識しています。視座(抽象度)を自分の意識で自由に上下変化させられる時、あなたは、あらゆる立場を理解し、あらゆる視点から世界を観る事が出来ます。「未来」とは、あなたの頭の中に「想念」として存在しているだけです。「未来」は概念でしかありません。「過去」とは、あなたの頭の中に「記憶」として存在している情報です。「過去」は情報でしかありません。つまり「未来」も「過去」も実在として存在しているわけではなく、概念(情報)に過ぎません。物事は、「いま・この瞬間」にしか存在し得ません。「過去」や「未来」は、在ると考えるにせよ、それは「いまここ」に、思考(概念・情報)として存在します。人は皆、「未来」に行きたがります。しかし、その「未来」は、あなたの心の中にのみ在ります。あなたの「記憶」は、起こった出来事に対する「解釈」に過ぎません。全く同じ出来事でも、「現在」や「未来」から見た評価によって、「過去」はいくらでも書き換える事が出来ます。私の場合ですと、「過去」の出来事、「うつ」という挫折経験は、その時は、辛い出来事(どん底)でしたが、今では、私の人生で最高の出来事だったと感謝しています。この様に、現在の認識によって、形を変える不確かな「過去」を基準にしては、「現実」を正しく把握することは出来ません。それ故に、「未来」起点の思考習慣、「未来→現在→過去」が必須です。(つづく)


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