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滝ノ水は1秒後には過去データ、1日後には大海に注いで貯蔵され、やがて蒸発して、また雨雪となって山(阿頼耶識)に降り注いで積雪となります。これの永久循環があるのみです。あなたがコーヒーは飲めば、その液体は肉体となり排泄され大地に戻り、植物に変化し、また食物として人間の体内に入り、肉体に変化し排泄の循環がリピートします。
魂(意識)のみは、永遠です。(唯識・本質)。(この意識を感じる為に肉体的な物理がある)。時間は存在しません。記憶の連続性が時間という概念をねつ造しています。大事なことは、あなたはこの刹那(カイロス)を誰と・どこで・どの様に過ごしますか?この自由な「いまここ」この瞬間(刹那)をどう使うか楽しむか?が大事です。この刹那(いまここ)を不自由や愚痴で過ごせば、その様な不自由な現実(人生)が具現化されます。その様な人生が形成されるだけです。この刹那(いまここ)を感謝して充実して過ごせば、その様な自由で豊かな現実(人生)が具現化されます。その様な人生が形成されます。これが現実創造のメカニズムです。(諸行無常)
ヒマラヤ(雪の蔵)→滝(刹那)→大海→蒸発(気体)→雨(液体)→エネルギー循環→循環→
常なるものは何も無く全てのものが変化流転し続けます。これが自然の摂理です。宇宙も無常、自然も無常、動物も植物も全て無常です。己も然りです。シンプルです。複雑にしているのは人間の思考(二極性)だけです。人間のエゴだけがこの真理に必死に抵抗し続けます。「無常」を受け入れれば、「エゴ」(自我)による思考の抵抗がなくなり、「悩みも・苦しみ」も止まります。「時間」の概念も消滅します。「いまここ」の刹那があるのみです。人間も自然の一部です。自我は自然の摂理に非ず。アインシュタインは20世紀を代表する天才ですが、その彼でさえ間違うことはあり、結局、「諸行無常」の仏法に敗北しています。なぜなら、「不確定性原理」が正しいことが次々に証明されてしまったからです。現代の最先端の量子物理学がやっと、2500年前の釈迦の悟り「縁起」を追認したということです。「諸行無常」アインシュタインは、この4文字に脱帽しています。
あなたの運命を決めていくのは、たった一つ。あなたの「選択」だけです。あなたの「努力」ではありません。あなたの「根性」でもありません。あなたの「やる気」でもありません。あなたの「モチベーション」でもありません。あなたの「選択」だけです。眼前の認識(縁起)が、人生を創っています。「いまここ」→認識→記憶→上書き保存→蓄積(潜在意識)→常識→セルフイメージ→習慣→「現実」→「いまここ」の自分の選択(意識)→「+認識」or「-認識」が人生(現実)を創る。
「夢」(ゴール)を固定→「+認識」になり、「常識」(+習慣)になり、「+現実」になるというメカニズムです。人生は、極めてシンプルです。努力は無駄です。努力は野蛮です。人生は「認識」です。全ては「認識」です。(唯識原理)これが「私」という固有の実体はありません。「諸法無我」全ての「選択」の先に、それぞれの道(結果)があります。右を選べば、その先の「選択」がまた出てくるし、左を選べば、そこにもまた違う「選択」が用意されています。要するに、死ぬまで『選択』の連続が人生です。しつこいですが「努力」は、要りません。あなたの「選択」だけです。これが、2500年の叡智、東洋の叡智、「縁起」です。